2009年11月13日金曜日

平成 21年 (行ケ) 10130号 審決取消請求事件

「無機接着剤」を用いた塗料の発明に関して、明確性、実施可能要件が争われた事例。
本件発明における「無機接着剤」の位置づけ、及び技術常識を考慮して、明確性、実施可能要件が満たされると判断された。

知財高裁 判決言渡日:2009年10月13日
『原告は,本件明細書の特許請求の範囲に記載されている「無機接着剤」との文言が不明確であり,本件発明が明確であるとはいえないと主張するので,まず,この点について検討する。・・・
 本件明細書の記載によると,本件発明は工業加熱炉の炉内の放射伝熱を高める塗料及びコーティング材に関する発明であり,塗料及びコーティング材の記載として酸化チタン又は還元酸化チタンを使用することによって,従来の塗料及びコーティング材に欠けていた物性を備えるとともに,放射熱エネルギーを著しく増大させるという効果をもたらし,副次的にガス排気口における排ガス温度が著しく低下するという効果をもたらすというものである。また,同記載によると,本件発明において,無機接着剤は,本件発明に係る工業炉用酸化チタン系熱放射性塗料を製造する際に配合されるものとして,本件発明を特定する事項の一つとなっているが,炉壁表面の塗膜・コーティング膜の成膜作業を溶射法により行う場合には,その配合を必要としないものであり,本件発明の課題を解決するための手段として必須のものではなく,その種類によって本件発明の作用効果に大きな影響を与えるものとして規定されているものでもないと認められる。
・・・また,上記(2)の文献の記載によると,無機質の接着材料としての無機系接着剤としては,金属,ガラス,セメント,ケイ酸塩,リン酸塩などがあり,有機高分子系接着剤に比べて,耐熱性が高いものであり,このような無機質の接着材料のうち,金属やガラスは気密性に優れているが,接着時にそれぞれの融点や軟化点以上に加熱することが必要であり,また接着部分の耐熱性は接着時の温度を上まわることはないという欠点を有しているため,窯業などではそれ以外の「無機接着剤」が使用されるいうのであって,その使用に当たっては,求められる特性や使用条件を考慮して,市販の無機接着剤から選定し,調整するものであることが認められる。
・・・窯業等の耐熱性を要する場面での利用を前提とする無機接着剤についての当業者の技術常識を踏まえ,本件発明における無機接着剤の位置付けに照らすと,上記の技術常識に基づいて当業者が認識し得る程度を超えて「無機接着剤」を特定する必要はないということができるから,本件発明に係る特許請求の範囲の記載における「無機接着剤」との文言の意味するところは,その限度において明確であって,明確性の要件を満たしているというべきである
・・・原告は,本件明細書の発明の詳細な説明の記載が実施可能要件を満たすかどうかを判断するためには,還元酸化チタン等の従来工業炉内壁コーティング用塗料に使用された実績のない新規な材料を原料とする塗料製造の技術分野において,本件特許出願に係る優先権主張日当時の当業者の技術常識が確立されているか否かについて慎重な検討を行う必要があると主張する。しかしながら,上記2(3)で説示したところに照らすと,当業者は,本件発明の実施に当たって,高温に曝される工業炉の内壁材に求められる物性を考慮して配合する無機接着剤を選定し,成膜作業に適するように調整するにすぎないと認められ,本件全証拠に照らしても,塗料の基材として酸化チタン又は還元酸化チタンを使用することに伴って,配合される無機接着剤についての従来の選定方法や調製方法が大きく変更されるべきものとまで認めることはできない。もっとも,塗料の基材として酸化チタン又は還元酸化チタンを用いる場合とそれ以外の場合において,他の条件が全く同様である場合に,配合される無機接着剤の選定や調整に違いがあり得るとしても,上記2(3)のとおり,工業加熱炉の炉壁表面の塗膜・コーティング膜を形成するための塗料に配合される無機接着剤については,高温に曝される工業炉の内壁材に求められる物性を考慮して選定され,成膜作業に適するように調整されることが当業者の技術常識であると認められる以上,上記のような違いは,当業者による選定及び調整によって対応される範囲内の事柄であるというべきであり,それによって本件発明の実施をすることができないというものではない。』

(H.O)

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